■ は じ め に ■
 この本は1994年の秋から始まった「博多まちづくり学校」の講義と演習の記録
である。博多まちづくり学校は現在も続けられており、この本に続いて第2号、第
3号も出版される。それで第1号のここでは、博多まちづくり学校が開始された経
緯について触れておきたい。
 博多は全国的に知られたまちであり、その歴史もまた古い。その始まりについ
ては諸説があるが、6世紀にはすでに対外政策の拠点として重要な意味を持っ
ていたことが、記録にあらわれている。その後、海上交易を重用した兵器と共に
博多のまちは発展し、とりわけ戦国時代の前後には博多は重要な商港として、
国内だけでなく、広くアジアの各地にその名を馳せたのだった。
 博多は元来商人のまちであり、わが国の都市の多くが政治権力と結びついて
発達したのに比べ、下から湧き上がるような自由と連帯を育ててきた。その象徴
が7月の博多祇園山笠であり、7百年以上という歴史を持つこの祭りは、他に類
を見ないような激しさと熱意を持って今まで継続されてきたのである。
 しかし今日、博多は危機を迎えている。わが国の全ての都市機能が東京に集
中する中で、東京の出先機関としての天神が発展する一方で、博多の商業都
市としての機能は失われつつある。それと並行して、中央資本の進出により博
多に多くの支店が設けられ、それによって地元住民の多くが土地を離れることを
余儀なくされている。
 昭和30年代の博多のまちは人口は4万人。それが今日では1万5千人まで落
ち込んでおり、街に4つある小学校の児童数は、1学年で10人に満たないところ
もあらわれている。人の住まないまちで、どうすれば祭りを維持し、まちの伝統を
更新することができるだろう。博多のまちを守っていこうという地元の人々を応援
し、まちをともに再建することを目指して、博多まちづくり学校は開始された。まち
づくり学校を運営しているのは、地元の住民をはじめ、地元に事務所を構える建
築家や大学の教員である。それに加えて、博多には住んでいないが、博多が好
きだという人も参加している。私自身にとっても、研究のために山笠の祭りに参
加したことが博多の魅力にひかれた理由であり、現在では多くの学生と一緒に
祭りと学校の両方に加わっているのである。
 1995年春に開かれた第2期は、もう少しテーマを絞り込みたいという受講者の
希望によって、九州大学の今里先生にキーパーソンになっていただいて、まちづ
くり憲章を生かしたまちづくりというテーマで開講した。地元の九州各地のまちづ
くりを初め、神戸や真鶴町のまちづくりの実例についての話は、博多のまちづく
りを考えるためにも大いに参考になるものであった。 →


























 1995年秋の第3期は、講義を聴くだけではつまらないという受講生の声にこた
えるために、実践ということに主眼を置いて、演習形式で6回の授業を行った。
九州芸工大の岡先生にキーパーソンになっていただいて、5つの班に分かれな
がら、自由に博多の夢を描く作業に従事したのである。その中から出てきたいく
つかのキーワードは、博多のまちにまちづくり憲章を作り、街に勢いを取り戻す
ための参考になると信じている。
 1996年春の第4期には、これまでの作業をどう実践に結び付けていくかの手
立てを考えるために、最近しばしば話題になっているNPO(非営利団体)の実
際と可能性について、連続講義を行う予定である。そのために、九州大学の竹
下先生にキーパーソンになっていただくことになっている。
 博多まちづくり学校の運営は、いくつかの基本方針がある。毎年2期、6回ずつ
の講義ないし演習を行うこと(第1回のみ8回)。各回のテーマはそのつど運営委
員会で決定するので、テーマの絞込みや、話してくださる講師の選定につい
て、地元の大学の先生方の全面的な協力を仰いでいる。
 学校の運営は全部手弁当で行っているので、受講料をはじめ、各種の援助が
頼りである。そして年に1回ずつ報告書を発行すること。このことは、せっかく講
義していただいた内容を広く伝えていくための、私達の義務であると考えてい
る。
 博多まちづくり学校は、博多まちづくりを考え、実践している人々にとって、役
に立つ道具でありたいと思っている。したがって、参加も自由であるし、出席しな
くなることも自由である。ただ、学校をよりよいものにしていくために、できるだけ
多くの方々の参加を仰ぎたいと思っている。また、博多まちづくり学校という名
前を持ってはいるが、他の地域でまちづくりを考えている人々にとっても、役に
立つものであったらと願っている。この報告書が何らかの貢献ができたなら、私
達の願いは達成されたことになるだろう。
 博多まちづくり学校のもう一つの狙いは、博多に住んではいないが、博多が好
きだ、あるいは博多に関心があるという人々の数を増やしていくことである。そ
の意味でこの学校は、博多のまちの応援団的性格を持っている。その観点から
言うと、これまでの学校の運営は少々専門的になりすぎたかもしれない。博多
の町のよさを改めて理解し、より一層好きになってもらうために、新しいタイプの
講座を開講して、より多くの人の集まれる場を作りたいと現在考えている。今後
の活動にも、どうぞご期待ください。

1996年2月 運営委員会を代表して 竹沢尚一郎

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